2014年9月30日火曜日

故郷の優しい景色を思い出す-『眉山』


年を重ねるについて、故郷の良さを感じるようになってきました。若いころは帰省してもすることがないため居心地が悪く、東京に戻り、高層ビル群を見て、落ち着きを感じていたものでした。それがいつからか、故郷の風景が疲れた心を癒してくれるようになりました。

この本で描かれているのは徳島で、その田舎の景色と人間模様がとても優しく描かれています。

主人公の咲子は父を知らず、咲子の母”神田のお瀧”は、家庭のある男性を愛し、その子を女手一つで育て、最後まで毅然と生きてきました。ガンを患いながらも、その痛みを見せず気丈に振舞う姿は、3年前に他界した母のことを思い出させてくれました。咲子は母が献体を申し込んでいたことにショックを受けながらも、母の人生を知り、自分の父親の存在を知る過程で、母の想いを理解していきます。

この本を読みながら、母のことを思い出し、母がこの世を去る前に、十分に親孝行ができなかったことを今更ながら悔やみました。人はそれぞれいろんなものを抱えながら生きているのであり、それでも毅然として生きていくことが大切だと感じさせてくれる話でした。


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2014年9月29日月曜日

大衆化社会に警鐘を鳴らす-『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』


小泉総理による郵政選挙や民主党による事業仕分けなどは劇場型政治の典型的な例ですが、今振り返るとあの熱狂は何だったのだろうと思います。郵政民営化ってそこまでやるほど重要なことなのか、民主党のマニュフェストには財源の裏付けのないじゃないか、そんなことを言ってみても、連日のマスコミの報道とそれに煽動された国民の声の大きさの前では無力でした。この国がどんどんおかしくなっていくことに危機感を覚えながらも、逆にとことん悪くなればさすがにどこかでおかしさに気付くだろうと一縷の望みを持っていたところ、安倍政権が誕生してくれたことに安堵しました。

今の選挙は小選挙区制の下、いわゆるB層に対して以下に働きかけるかというある種のマーケティング戦略が重視されています。とにかく一番にならないと選挙に当選しないわけですから、難しい問題をまじめに議論するよりも、問題を単純化し、有権者の感情に訴えかけることがより重要となりますし、さらに言えば、主張している内容より、誰が言っているかの方が重要だったりします。本書ではB層とはマスコミの報道に流されやすい「比較的IQの低い人たち」とされていますが、このB層の拡大によって政治はもとより、芸術や料理などの分野でも「本物」が駆逐され、大衆化が進んでいることに警鐘を鳴らしています。

テレビではコメンテーターと称してその道のプロではなく芸能人がもっともらしくコメントしたり、内容に関係なくテレビや雑誌で取り上げられた店が名店になったり、書店には時流に乗ったテーマの本が氾濫していたりと、プロの価値が低下し、本物のわかる人が減っています。そうなると本物が育たない社会になってしまいます。

現在は民主主義が最良の政治形態だとされていますが、チャーチルの皮肉を引用するまでもなく、B層が支配する大衆社会が最良とは言えないでしょう。選挙の度にブームが起きるようでは、長期的な国家ビジョンを持つことができず、大衆迎合的な政策を乱発することになりかねません。民意が常に正しいとは限りません。しかし民主主義は民意が正しいという擬制の上に成り立っています。最も民主的な政治体制だったと言われるワイマール体制の下で、ナチスが政権の座に就いた訳ですから、ひとたび熱狂が生まれれば、民意が暴走することだってあるわけです。そう考えると健全なエリートの養成についてもっと考えるべきではないかと思います。例えば政治家は官僚を叩き、疎外することで政治主導のパフォーマンスをするのではなく、官僚に国家のエリートとしていかに国のために働いてもらうかという視点で考えていくべきではないでしょうか。

この本を読みながら、偉そうなことを言ってみても自分自身がだんだんB層になっているのではないかという危機感を持ちました。楽な方に流されず、古典を読み、自分の頭で考える習慣を改めて身に付けていきたいですね。


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2014年9月28日日曜日

自分らしくあるために-『孤独であるためのレッスン』



一般的に「孤独」という言葉にはネガティブなイメージがありますが、本書は「孤独」を肯定的に捉え、むしろ積極的な意義を認めています。本書の冒頭で著者は「孤独」について次のように宣言しています。

孤独は、決して避けるべき否定的なものなどではない。
孤独は、現代をタフに、しなやかに、クリエイティブに生きていくために不可欠の”積極的な能力”である。
 今はスマホなどで絶えず誰かと繋がっていないと不安になる若者がいて、一緒にランチのできる仲間がいないとストレスになり会社に行けなくなるOLがいたりするといいます。本書は、孤独になることに不安を抱きながらも、無理な人間関係の煩わしさに心を擦り減らしている人々に対して、孤独を肯定的に捉え、本来の自分を取り戻すきかっけを与えてくれるでしょう。

一般的には、ひきこもりやフリーター、パラサイトシングルなど、ひとりでいる人々に対して、社会性に問題があるという見られ方をされ、世間から冷たい視線を向けられます。学校教育の現場では子供の社会性、協調性を求めるあまり、かえって子供達を追い込むことになっているといいます。画一的な社会性よりも個性を認める社会になれば、ひとりでいる人々が追い詰められることなく、自分を肯定的に受け入れることができ、社会生活を自然に送れることができるのではないでしょうか。

社会の中で生活していくためには、嫌な人間関係にもある程度柔軟に対処していく必要がありますが、一方で、周囲に対してうまく適応してばかりいると、自分自身を見失い、訳がわからなくなってしまうことがあります。こうして僕がブログを始めようと思ったのも、日常生活に埋没せず、仕事から離れて自分自身をしっかり見つめたいという動機からです。

本書では「肯定的な孤独」となるために必要な「八つの条件」を紹介しています。詳細は割愛しますが、いずれもこれまでの自分を追い詰めていた先入観から自己を解放し、人生について新たな視点を提示するものです。さらに本書は「真の孤独」について、次のように語っています。

真の孤独とは、(中略)「人はみな、ひとりで生まれ、ひとりで死んでいく」という絶対的な真実をしっかりと踏まえ、自分の人生の道を歩んでいくことなのです。
 環境に適応しようとするあまり、自分自身を喪失し、自分自身を喪失しているから人と繋がっていないと不安になるという悪循環に陥ってしまいがちです。絶えず人と繋がっていたい、傷つくのが怖いという感情が、恋愛の場面では「多重恋愛」か「共依存恋愛」かの両極端に現れるといいます。そこで自己を回復するために、あえて一定期間、人間関係を遮断する時間を持つことが必要だというのです。

僕は本書の中で引用されていた、「自分の一日の三分の二を自分のためにもっていない者は奴隷である」というニーチェの言葉に衝撃を受けました。このままずっと働いて、その先に何があるのかという漠然とした不安を抱き、どうすれば経済的自由を得ることができるかについて最近考え始めていた僕の心に、ストレートに突き刺さる言葉でした。生活のために仕方がないが、では自分の人生とは何なのか、すぐに答えが出る問題ではありませんが、自分らしくあるために孤独を恐れない気持ちを大切にしたいと思いました。


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