2013年9月14日土曜日

戦争は想定外か?-『衆愚の病理』

以前にも触れた里見清一氏の『衆愚の病理』にこんな一節があります。
話はずれるが、「想定外」ついでに言うと、日本国憲法は戦争を「想定外」にしている。
こんな非常識なことはない。あの大震災の津波は千年に一度かもしれないが、戦争は世界でいつもやっている。現在進行形で、いつもやっていることを想定しないなんて、ありうるのか?
とても重要な指摘だと思います。確率論から考えれば、千年に一度の大地震より戦争が起る可能性の方が高いでしょう。日本は戦争をするつもりはなくても、他の国から攻撃を受けることだってありうるわけですから。

ところで、日本国憲法の前文にこんなことが書かれています。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
ここで、「平和を愛する諸国民」とは誰のことでしょうか?日本の周辺諸国を見回すと、中国、ロシア、北朝鮮、韓国、台湾がありますが、台湾くらいはもとかく、それ以外の国に「公正と信義」を信頼することなんてできるでしょうか?

東日本大震災をきっかけに危機管理の重要性が強調されるようになりましたが、あらゆるリスクを想定しておくことが危機管理の出発点となります。想定されるリスクを洗い出した上で、費用対効果を考えながら対策を講じていくのが本来の危機管理です。

そうすれば国家の危機管理としては当然戦争を想定しておく必要がありますし、そのための備えとして軍事力が当然必要となります。しかし憲法第9条という、およそ非現実的な条文の呪縛のために、条文解釈を変えながら、これまで自衛隊という、これまた詭弁で固めた組織を拡充してきました。

東日本大震災での自衛隊の活躍によって、多くの人々から賞賛を受けることにはなりましたが、それまでの自衛隊の皆さんは、日陰者扱いで本当に苦労されたと思います。これまでもPKO活動などで海外に自衛隊が派遣されてきましたが、専守防衛という建前の下で、戦地に行きながら武器使用について大きく制限を受け、必要以上に生命の危険に晒されてきました。こんなことが許されて良いのでしょうか?

平和を唱えていれば平和になると考えるのは非現実的な理想論であり、思考停止状態にあると言えます。安倍首相には、これから期待される長期政権の中で、憲法改正を実現し、自衛隊の位置付けを現実に沿った適正なものにしていただきたいものです。


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