ベストセラーとなり、映画化も決まっている『永遠の0(ゼロ)』について、その感動的なストーリを今更ここで紹介するのも野暮だと思いますので、この本の中でストーリーの本筋から少し外れたところで僕が印象深かったシーンを紹介したいと思います。それは、新聞記者の高山と、元海軍中尉で一部上場企業の社長まで勤めた武田とのやり取りのシーンです。
ここで高山は、典型的な戦後の左傾化した教育を受けたエリート新聞記者として描かれています。高山は、特攻を一種のテロリストと看做し、それは軍部の洗脳により生み出されたと考えています。
私は特攻隊員が一時的な洗脳を受けていたと思っています。それは彼らのせいではなく、あの時代のせいであり、軍部のせいです。しかし戦後、その洗脳は解けたと思っています。だからこそ、戦後日本は民主主義になり、あれだけの復興を遂げたと思っています。
私は、特攻はテロだと思っています。あえて言うなら、特攻隊員は一種のテロリストだったのです。それは彼らの残した遺書を読めばわかります。彼らは国のために命を捨てることを嘆くよりも、むしろ誇りに思っていたのです。国のために尽くし、国のために散ることを。そこには、一種のヒロイズムさえ読み取れました。こうした発言から、戦時中の日本国民は軍部によって洗脳され、騙されていたが、アメリカによって解放され、自由と民主主義がもたらされたとする、それこそアメリカによる洗脳が浸透していることがわかります。
一方、武田は高山の発言に対して激しく反論します。
当時の手紙類の多くは、上官の検閲があった。時には日記や遺書さえもだ。戦争や軍部に批判的ない文章は許されなかった。また軍人にあるまじき弱々しいことを書くことも許されたかったのだ。特攻隊員たちは、そんな厳しい制約の中で、行間に思いを込めて書いたのだ。
遺族に書く手紙に「死にたくない!辛い!悲しい!」とでも書くのか。それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。死に臨んで、せめて両親には、澄み切ったこころで死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!
私はあの戦争を引き起こしたのは、新聞社だと思っている。日露戦争が終わって、ポーツマス講和会議が開かれたが、講和条件をめぐって、多くの新聞社が怒りを表明した。こんな条件が呑めるか、紙面を使って論陣を張った。国民の多くは新聞社に煽られ、全国各地で反政府暴動が起った。
私はこの一連の事件こそ日本の分水嶺だと思っている。この事件以降、国民の多くは戦争賛美へと進んでいった。(中略)しかし軍部をこのような化け物にしたのは、新聞社であり、それに煽られた国民だったのだ。
戦後多くの新聞が、国民に愛国心を捨てさせるような論陣を張った。まるで国を愛することは罪であるかのように。一見、戦前と逆のことを行っているように見えるが、自らを正義と信じ、愚かな国民に教えてやろうと言う姿勢は、全く同じだ。その結果はどうだ。今日、この国ほど、自らの国を軽蔑し、近隣諸国におもねる売国奴的な政治家や文化人を生み出した国はない。特攻隊員の遺書の多くは家族を気遣いながらも晴れやかで清々しい言葉で締めくくられています。だからこそ、涙なくしては読めないものだと感じます。厳しい制限の中で、行間に込めた思いを武田は代弁する一方で、戦前から戦時中にかけての新聞社を痛烈に批判しています。この新聞社への批判こそ、日本がなぜ無謀な戦争をしたのかを解く鍵になります。
軍部の暴走が戦争の原因であるとよく言われますが、軍部以上に暴走していたのが新聞社であり、新聞に煽られた国民であるという事実を忘れては本当の歴史は見えてきません。軍部の中にもアメリカと戦争をして勝てると思っていた人間はほとんどいなかったでしょう。それでももしハルノートを受け入れていたら、どうなっていたでしょうか?今からは想像もつかないかもしれませんが、それこそクーデターや暴動が起ってもおかしくなかったのではない状況だったと思います。ところが、新聞社は戦後、すべての責任を軍部に押し付けることで、自らを正当化してきましたし、国民もアメリカの洗脳を受け入れることで自分たちの責任を放棄してきたと言えます。
宮部久蔵の生き方は感動的ですし、この話の衝撃的な結末を読んで鳥肌が立ちましたが、そうしたストーリーとあわせて、様々な角度から戦争について考えさせられる作品でした。
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