2013年8月15日木曜日

「日本のいちばん長い夏」-30人の戦争体験から終戦を考える

今日は68回目の終戦記念日でした。そして68年前の夏、日本の命運がかかった暑い夏の体験を体験者が昭和38年に語った座談会をまとめたものが『日本のいちばん長い夏』です。そこでは戦争体験者30名の体験談が語られていますが、その中には吉田茂、迫水常久、志賀義雄、有馬頼義といった錚々たるメンバーも含まれています。こうした当時の責任ある立場にあった人物や社会的に影響力のあった人物が当事者として語っているところにこの本の価値があります。

この本では、ポツダム宣言を巡る混乱や対ソ和平工作の失敗、原爆投下、昭和天皇の終戦のご聖断とクーデターの阻止といった、終戦までの意思決定のプロセスがどのように進められたのかが、当時政府の中枢にいた当事者の口からリアルに語られていたのが印象的でした。

また、昭和天皇の玉音放送を、それぞれの立場、置かれた状況によって、捉え方が大きく違っていました。忸怩たる思いをした者、安堵感を持った者、ただ呆然とした者、冷静に受け止めた者、それぞれの立場からの経験談が交わされているからこそ、当時の状況を複眼的に捉えることができます。そうした座談会の中で印象的だったのが、上山春平氏の次の言葉です。
あの時期に生命をとする覚悟は誰しもできていたのではないかと思います。あとは死に方の問題です。その選択に当って、特攻を選ぶということは、自分の死を最高度に意義あらしめたい、という若者らしい自負の発露であったとさえいえるのではないか、と思うのです。 
バカげたことに命を賭けたものだとあざ笑う人は今も絶えないでしょう。ある視点からみれば、愚行にみえるかも知れません。しかし、人間は愚行をくりかえしながら、今日の文化を築き上げてきたのではないでしょうか。
戦時中は家族や国のために命を賭けることが当然であり、自然な行動でした。それが今では、自己の些細な満足のために家族を殺したり、役所を騙して生活保護を不正受給したりと、モラルが崩壊し、エゴをむき出している人々が増えています。戦後、日本の教育はGHQによってすべて否定され、そこに左翼思想が入り込んで、教育が荒廃しました。伝統的な道徳観は消え、個人主義の名のもと責任なき自由を謳歌するようになりました。今の日本の平和と経済的繁栄があるのは、尊い命の犠牲があったからです。閣僚の靖国参拝をどうこう報じるのではなく、日本のメディアは終戦記念日にちなんで、こうしたことをきちんと現代の私たちに伝えていくべきでしょう。

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